咲いて生きよ共に、想像以上の未来へ

V6と関ジャニ∞をこよなく愛するヲタクが、書き記すブログ。

イジメられてる君へ

9月1日前に、真面目な話をしようと思う。

 

イジメられている君へ。

長くなるけど、読んでもらえたら嬉しいな。

私のシンデレラストーリーだよ。

まぁ、文句言うのは、読んでからでも遅くはない。

私の話を聞いてくれ。

 

私は、14歳の時、死のうと思った。

いじめは中1の3学期始めぐらいから。

吹奏楽部でクラリネット吹いてたんだけど、同じパートに同じ苗字の奴がいてな。そいつが主体となって、3人がかりでいじめてた。

ずっと1人で練習してた。おかげでそれなりに吹けるようになったけど(笑)

 

最初は、何となく練習からハブられるようになった。それから無視されるようになって、いつの間にか死ねって言われるようになった。日に日にエスカレートしていった。

気のせいだって思ってたけど、それじゃ誤魔化せなくなった。

すれ違う時にクスクス笑いながら「死ねばいいのに」って言われた。毎日、毎日。

どんどん自分がすり減っていくのが分かった。

でも、周りは見て見ぬフリ。

「あぁ、生きてる価値ねぇんだな。」って思った。

だって、周りは気づいてるはずなのに、知らない振りするんだもん。助ける価値ないって事っしょ?(笑)

 

イジメが終わったのは4月の末だったかな。

見かねた同級生が、先生に言いに行こうと言ってくれたから。

顧問が変わったばかりだったから、私の担任(学年副主任)が介入してくれた。

話し合いの後、家庭訪問に来た時「気づいてあげられなくてゴメンな」って謝ってくれたのが印象的だった。

別に先生は謝らなくて良かったのに、って思った。

 

イジメは終わったけど、主犯の嫌がらせはずっと続いてた。

勝手にシャーペン取られたり(私が「シャーペン無くなった!」って騒いでたら返ってきたんだけど、周りの証言取れてるw)、悪口言ったり(これも、しつこいよね。)。

何度も部活を辞めようと思った。

その度に周りに説得されて辞めなかったけど。(笑)

 

イジメられた理由ってのは、自分でも分かってた。

私が自分の意見を上手く言えなかったから。

自己主張が苦手だったから。

そんな自分が嫌で、いつか変えようと思った。

そんな中で見つけたのが、母校であるS高校だった。(同級生から野球選手が出た高校なんだよ('ω'))

S高は、1年生から人前で自分の夢を語らなきゃならない。みんな必ず。そうやって沢山訓練を積むことで、人前でも自分の意見を堂々と述べられる人になる。

そのショック療法とも言える授業を受けたくて、私は志望した。

いや、それ以上に、S高で生徒会長になりたかった。

オープンハイに参加した時、当時の生徒会長が「引っ込み思案だったけど、人前で話せるようになった」と語ってて、私は「この人みたいになりたい。この人みたいに、オープンハイで中学生に『自分はこの高校で変われた』と語れる人間になりたい」と思った。

 

その高校に入るのは大変だった。

推薦受けたけど落ちてしまったから。

毎日泣きながらワークを解いてた。

それでも、素晴らしい奇跡が起きた。

一般入試で合格できた。

いまだに何で入学出来たのかよく分かんない(笑)

 

入学してから、私は頑張った。と思う。

学級委員になって半年過ぎてから、生徒会に立候補した。

周りは先生からスカウトされた子しかいなかった。自分の意思で立候補したのは、私だけだった。

その事実にチョッピリ凹みながら仕事を覚えていった。

でも自分で立候補したから、熱量は周りと明らかに違うかった。

10人くらい居た同学年だけど、いつの間にか半分に減ってた。生徒会長の座を争うだろうと睨んでた子も辞めて行った。

そう、初戦は私が勝ったのだ。

ちなみに、半分も辞めた理由は、生徒会の先生が最高にアカン人だったから。機嫌悪かったら怒るんだな(笑)

私は生徒会長になりたかったから、辞めなかっただけ。

うちの生徒会ルールは特殊で、会長や副会長になるには、1年の時から生徒会に入ってた人しか出来ない。普通なら投票数で役職決めるけど、うちは承認か不承認かの投票のみ。

周りに生徒会長なりたい子がいなかったから私が生徒会長になった。

否決は全校生徒の過半数を取らなければ行けない。

そう、私は決勝戦も勝ったのだ。

そう、二試合しか無かったけども。

勝ったのだ!

 

生徒会長になってから、慣れないことばかりで大変だった。「やっぱり向いてねぇんじゃねぇか?」って思った。

メンバーを引っ張り、意見をまとめ、人前で挨拶をする。見てるには簡単だけど、大変。

でも、回数をこなすと出来るようになった。

いつの間にか、生徒会以外でも決め事では司会役になったり、挨拶が上手いと評判になったり。

「自分の意思が強ければ自分を変えることはできる」そう知った。

 

実は、「オープンハイスクールの挨拶が面白い生徒会長」と伝説になってる。

あの時、自分を変えたいと悩んでた時、「いつか、中学生の前で『自分はこの高校で変わりました』と話をしたい」と思ってた。

そんな私は夢を叶え、むしろ想像以上の結果を残すことが出来た。

先生に「笑いを取れ!」と無茶を言われたので、その頃毎日報道されてたSMAP解散話でみんなの心を掴み、言葉巧みに私の話をしたのだった…

アンケート見たら、「会長の話が面白かった」と書いてくれてて、1人泣きそうになったのはヒミツ(笑)

この間弟の付き添いでオープンハイに行ったんだけど、その時も先生に「お前の挨拶は評判ええんや」って言われました('ω')

 

イジメられ、一時期は死のうと考えた私だけど、色んな人に「お前の話は面白い」と言われるほどになりました。

自分の思いをきちんと伝えられるようになりました。

卒業式では、みんなが思わず泣いてしまう(と言うか、自分が1番泣きたかったのに泣けなかったんだ!)答辞を読みました。

イジメれている君、死のうとしてる君も、きっと、絶対、変われます。

その場所が辛いなら逃げてください。

逃げてもいいんです。

 

私は高校で本当に大切な人に出会えました。

「生きてるだけで幸せだ」と思える人です。

私が死ぬのを留まったのは、「V6に会うまで死ねないわ!」って思ったからなんだけど(笑)

この人に会うために生きてきたかなぁって、今は思います。

私のことをよく理解して、自分のことのように心配してくれて、時には腹立つけど、それでも大切な人。

今辛くても、そんな人が居なくても、いつか出会えます。

いつ出会えるか分からないのに、死んじゃ勿体ないよ。

「あーこの人好きになって良かった」って思ってから死んでも遅くはないよ。 

這いつくばってでも生き抜いてほしい。

イジメなんて陰気臭いダサいことしてくる奴を見返してください。

私の場合、リーダーシップ取って、人前でスラスラ話すことだったけど。 

頭良いとか、絵が上手いとか、曲を書けるとか、ジャニーズに詳しいとか、何でもいい。

見返してから死のうよ。

そんなことしてるうちに、死ぬ気無くなるんだけど(笑)

 

あの時の私のように、苦しんでる君に届くといいな。

人は、強い意思があれば、必ず変われます。

大好きな、大切な、必要不可欠な人に、出会えます。

「死ぬ」という選択肢を捨てる必要はないです。

実は、私もいまだに持ってます。

でも、大好きなあの人を悲しませないために生きてます。

「死ぬのはもうちょい後でもいいかなぁ」って思いながら生きてみてください。

 

ちなみに、明日は、V6の「学校へ行こう!」の動画を調べることをお勧めします。

きっと気持ちが軽くなるよ。

修学旅行とか最高に笑えるから、見てみてね。

 

イジメられている君へ。

暗闇はずっと続かないよ。必ず打破できる。

強い意思さえあれば。

 

(何番煎じやねん!ってぐらい、志望動機言ってるから、私が誰か分かるかもしれんけど、言わないでね…(笑)恥ずかしいし)